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東京高等裁判所 昭和58年(ラ)359号 決定 1984年4月05日

抗告人

柳沢勇三郎

相手方

有限会社三商

右代表者

三好志良

主文

原決定を取り消す。

相手方の申立てを却下する。

理由

第一抗告の趣旨及び理由

別紙執行抗告の申立書及び補充書記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一本件記録によれば、次の事実が認められる。

1  伊豫木鈴子所有の別紙第一物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」といい、このうち土地を「本件土地」と、建物を「本件建物」という。)について、昭和五七年三月一一日抗告人(債権者)からの抵当権の実行としての競売申立てに基づき競売開始決定がなされ(なお、同年一〇月四日債権者新日本保証株式会社からの同旨の申立てに基づいても競売開始決定がなされた。)、相手方は、昭和五八年三月一〇日から一七日までの期間入札において、本件不動産につき金三一一三万八〇〇〇円の最高価買受申出をし、同月二八日原審裁判所により売却許可決定がなされた。ところが、売却許可決定確定後、相手方の代金納入前である同年四月一三日付で、本件土地内にある別紙第二物件目録記載の車庫(以下「本件車庫」という。)について、同居している息子伊豫木雅也名義で昭和五六年四月二日新築を原因として表示登記がなされ、同月一九日付で所有権保存登記がなされた。

2  本件車庫については、抗告人による競売申立書添付の公課証明書(課税台帳登録者伊豫木鈴子)にその記載があるほかは、競売申立書、不動産競売開始決定、現況調査報告書、不動産評価書、物件明細書にはこれについての記載はない。もつとも、現況調査報告書、不動産評価書に添付された写真には本件建物とともに本件車庫が写つており、これによれば、本件車庫は公道に面した部分に存する鉄筋コンクリート造陸屋根式のもので、外観上、本件建物のブロック塀と接合し、本件建物の用に供されている。

3  本件競売手続を通じ、伊豫木鈴子からも、現況調査に立会つた夫の伊豫木義輝(ともに連帯債務者)からも、本件土地上に本件建物と所有者を異にする建物が存在する旨の申出はなく、相手方は、本件車庫は本件建物の付属建物としてこれと一体をなすものとして前記買受けの申出をした。

二右事実関係のもとにおいて、本件抗告の理由の当否について検討する。

1  相手方は、本件建物を目的とする抵当権の効力が本件車庫に及ぶことを前提に、本件車庫についてなされた前記保存登記は、右車庫を含むものとして本件不動産の買受けの申出をした相手方に不測の損害をもたらすことを理由として、売却許可決定の取消しを求める。そして、前述した本件建物及び車庫の外観状況や、その保存登記が売却許可決定の確定の直後に、本件建物の所有者と同居している息子の名義でなされたこと、その他、現況調査時における関係者の陳述等を総合すると、本件車庫は本件不動産に対する抗告人の抵当権の設定(登記簿によると昭和五六年九月二日)前に本件不動産の所有者伊豫木鈴子によつて建築された本件建物の構成部分ないし従物とみることが十分に可能であるといえなくはない。

しかし、かかる判断を前提とすると、抵当権設定行為に別段の定めがあつたとは認められない本件においては、本件建物を目的とする抗告人の抵当権の効力は本件車庫に及び、本件車庫は本件建物とともに本件競売の対象となつていたことになるから、相手方は、買受人として代金を納付することによつて、その所有権を取得することができるものといわなくてはならず、本件競売による差押えの登記後になされた伊豫木雅也名義の前記保存登記の存在は、相手方による右所有権取得の効果の発生を妨げうる事由となるものではない。もつとも、この場合、相手方が右登記の抹消を得るには、最終的には別訴によらざるを得ないけれども、右のごとく買受人によつて取得されることが予定された目的物に関する実体法上の権利関係が何ら害されてはいず、ただその権利関係を現実化するためには別訴によることを要するという事実上の負担を伴うにとどまる場合には、民事執行法七五条一項所定の天災その他買受人の責めに帰することができない事由により不動産が損傷した場合に準ずる事由があるとして同条により売却許可決定を取り消すことは、できないといわざるを得ない。

したがつて、右と異なる見解に立ち、同条を適用して相手方の申立てに基づき売却許可決定を取り消した原決定には、法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならない。

2  また、右に前提としたところとは異なり、仮に本件車庫が本件建物と所有者を異にし、本件建物を目的とする抗告人の抵当権の効力が本件車庫に及んでいないとすれば、不動産競売開始決定、現況調査報告書、不動産評価書等にも右車庫に関する記載がなく、その存在が最低売却価額の決定にあたつて特に斟酌された形跡も窺われない本件においては、本件車庫は競売の対象となつていなかつたことになるから、買受人である相手方が本件車庫をも競売の対象と解して買い受けたとしても、その所有権を取得しうべくもないが、それはせいぜい買受けの申出につき動機の錯誤となるにすぎず、右車庫を取得しえないことが買受けの申出後に明らかになつたからといつて、そのことを理由に、前記法条による売却許可決定の取消しを求めうべき限りでないことはいうまでもない(この場合には、本件建物と一括して本件土地を買い受けた相手方が差押えの登記後に保存登記のなされた本件車庫の収去を求めうることは、いうまでもない。)

三よつて、本件不動産に対する売却許可決定を取り消した原決定は、いずれにしても失当であり、本件抗告は理由があることになるから、原決定を取り消し、相手方の売却許可決定取消しの申立てを却下することとして、主文のとおり決定する。

(横山長 野崎幸雄 浅野正樹)

第一、第二物件目録<省略>

執行抗告の申立書

執行抗告の理由

一 本件売却物件は売却許可決定が適法に基づいて言い渡され確定したものである。

二 本件不動産の附属建物である別紙第二物件目録記載の建物(以下本件車庫という)については昭和57年(ケ)第44号の物件明細書の公課証明書(昭和57年3月11日松戸市役所発行)には第一物件目録(二)の弐階建居宅99.13m2のほかに車庫、鉄筋陸屋根16.45m2と明確に記載されており、また現況調査報告書の写真二枚のうち、正面玄関側より撮影した一枚により、本物件全景の左端に本件車庫が存在する事が明確に判別できる。これ等の物件明細資料及、現地調査により買受人は容易に件外物件として未登記の本件車庫が存在することは知り得た筈である。

3 買受人は入札の段階で未登記の本件車庫が存在していることを容認の上で競落した以上、債務者が本件車庫を売却許可決定後、伊豫木雅也名義に保存登記をした事実につき、本件競売手続内で、本件車庫の所有名義を得ることができない場合でもその取得方法が、不動産競売による性質上買受人が多少の損害を蒙ることがあつても止むを得ないのではないかと思われる。

四 千葉地方裁判所松戸支部の本件売却許可決定取消の理由として民事執行法七五条の(天災その他買受人の責めに帰することができない事由により不動産が損傷した場合)にあたるのが相当であるとされているが、本件の場合別紙第一物件目録の(一)(二)及、第二物件目録何れも滅失、地積の減少等の事実はなく現存し、民事執行法第七五条一項に該当する多大の損傷あつたとは考えられない。

五 また、本件不動産の評価は本件土地に本件建物のみが存在するものとして、格別の減価要因は考慮されないとあるが、債務者より鑑定評価が低すぎるとの理由で再評価鑑定を依頼する申請も出されており、買受人が格別他の入札者とかけ離れた価格で買受けたとも思われない。

六 申立人は本件第二順位の抵当権者であり競売事件が長引いているため第一順位の抵当権者の遅延損害金がかさみ、貸付元本を割ることが予想される不測の損害を蒙つている。

以上の事由により売却許可決定取消に対する抗告をいたします。

第一、第二物件目録<省略>

執行抗告状補充書<省略>

執行抗告の理由

一 民事執行法第七五条に定める売却許可決定の取消、ないし売却不許可決定言渡しの要件は「買受申出後・買受人の所業によらざる不動産の損傷」を指し、その「損傷」とは地盤の崩落による土地の大半が滅失したとか、火災等による建物の過半が焼失したということ指すものであり、原審決定にあるがごとく競売目的土地にある件外車庫がたまたま保存登記されたというような軽微にして、事務的手続的なものを指すものでない。

二 本件競売事件記録を精査するに、問題の車庫は、始めから担保の目的にも、競売手続の対照にもなつていない。

又、執行官による現況調査報告書及鑑定人による評価書のいずれにもこの車庫は目的物となつておらず、只その実在について現場を撮影した写真により確知することができる。

三 競売不動産買受を業とする相手方が、入札参加に当り買受物件の臨場調査をなすのはもちろんのこと、執行官が提示する競売物件説明書面を充分閲覧し競売目的土地中に、件外物件である車庫が存在すること、買受によりその所有権取得は不可能であること、ことによると別段の所有権保存登記ある可能性も十二分に承知して入札をおこない買受けた事実は当然推認することができる。

四 更に件外車庫をつまびらかに調査してみると競売の目的建物とは全く別棟であつて相互になんの関連性も有せず、この車庫は地下一階になつていて屋根に当る部分は競売の目的土地とほぼ平旦であつて、土地の利用上、それ程の支障はみとめられない。

五 要するに買受人である相手方は当初より件外の車庫ある事実を承知して買受けたあとで、気が変り、売却許可決定の取消を求める口実として、車庫の実在を主張し始めるものであり、その主張するところは自己の勝手によるものという他なく又、民事執行法第七五条の条文を超越した拡大解釈を求めるものであり、このような不当な申立を認容し、売却許可決定を取り消した原審決定は、法令の解釈を誤つた不当があり、取り消しを免れない。

六 本件競売事件申立人は、第二順位の担保権者であり、競売申立後すでに壱年五ケ月余を経過する。競売手続がこれ以上長期にわたれば申立人の権利に先んずる第一順位担保権者の損害全債権の増加により、みずからの請求債権充足の機会がますます失なわれてゆく。迅速な競売進行を得るためにも本来の売却許可決定をもつて代金の納入をなさしめ、一日も早い売得金の配当を求める。

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